現代宗教と性慾

現代宗教と性慾(出版:二松堂書店 出版年月日 大正12)(国立国会図書館デジタルライブラリー永続識別子:info:ndljp/pid/972161)をテキストデータにしたもの。

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文学博士谷本富著

目次

以上

小引

本書収むるところ大小数篇の論文は、自分が最近数年間に、宗教問題に関して為したる、学術的研究思索の、一方面に於ける収穫である。従ってそれは成るたけ平易に書き下さうとはしたが、強ひて俗耳を聳てさせたり、衆目を悦ばさせやうとして、故意に、挑感的に、面自をかしく作為したところはない。只所謂学術的と学究的とは自ら相違がある。他の学究者流に蠧魚と相伍し、徒に古書旧記を渉猟して、其処から何か結合的結論を引き出さうとする様な事は、自分は敢て出来ないとは言はないが、好まない。自分が微力ながらも、夙に応分の仕事をして見たいと念じてゐるところは、学術の進歩向上で、それは予め一定の臆説を立てゝ、これが先駆を為すを必要とし、又たとへ然らざる迄もが、漸新奇抜の着眼があり落想があって、始めて望むことが出来やう。在来の陳々たる旧資材も、只これに由って、一道の活気を賦与せられ、一場の新生面を展開すべく期待されやう。叩ち本書中の諸論文の多分は、皆是れ自分の創意に出て、独創に成ったもので、憚りながら先人未踏の地に踏み込み、先人未発の言を発しやうとしたと謂へるだらう。就中神社遊廓との関係の如きは、未完了ながらも、一個の力作たるに相違なく、尚ほフレザー氏の名著の梗概をも、抄訳して添へて置いた。将又須弥山説い性欲的解釈や、大黒の陰陽神考や、乃至阿闍世太子物語の精神的哲学的説明などは、各々片々たる習作であり、素描に過ぎないとしても、その中には相応に価値ある暗示が含まれてゐるとは、自から信じて疑はない。但し古事記の分は真に未定稿なるを以て後方に廻はして置いた。今や性の研究は、我が国に於ても亦漸く広く行はれ、雑誌に著書に見るべきものは固より少しくない。知らず本書も亦此の際に於て、果して能く多少の貢献を為すことが出来るかどうか。伏して大方識者の批判を乞ふばかりである。終に臨んで「中外日報」「中央仏教」「密宗学報」「臨済宗学報」並に「現代」等の新聞雑誌より特に転載したるもの数篇あり、固より一々改訂を施しはしたが、此の機会を利用して、右諸新聞雑誌の厚意を感謝し、且その前途の隆盛を祈りたい。

大正十一年七月中浣摂津葦屋の山水荘に於て

著者白す