過日自分は京都で某会から頼まれて、青年修養の新見解と云ふ題で一場の話をすることに成つた。併し元来自分は説教々訓めいた事をするのは嫌である。説教とか教詞とかは、畢竟昔の貴族平民階級儼別時代に於て、君臣主従父子夫婦乃至師弟といふ風に、上下の別を仰々しく言った時の名残りで、今日は既に一般に自由を尊重し個性を尊重する様に成った上は、何事に由らず是非斯うすべきもの、斯うすべき筈と、上から下に向つて無理に押冠せることは宜しくない。教育勅語などは固より別たが、現に教育学の上でも、自分は夙に所謂自学主義を主唱し、自学輔導を以て児童教授法の第一原則として居る。宗教上でも頻りに歴代相承の前知識など云ふ事は、既に時代錯誕の甚しいもので、真実信心は吾儕銘々の己証に在ることを認めなければならない時節が漸く到来した様である。己証はセルフ・コンヴイクシヨンと云ふ事で、其処に在来の真宗の説教ぶりなども亦追々一変の運びに向って居ることは、門内でも識者具眼の士は早く気が附いて居るらしい。

そこで自分は当日も、演題は依然青年修養の新見解をその侭にして置きながら、内実は季節相応に七夕祭と祇園祭と云ふ事を念頭に置いて、それに因んで一番所謂青年修養の新見解を試みて見やうとした。それに又一面は早く已に雛祭を論じ、稲荷祭や葵祭を論じたことがあるから、それを承け継いだ気味もあるのだが、雛祭は主として男女性欲の浄化されたもので、然かもそれには又祓や禊の面影もある事を云ひ、稲荷祭と葵祭とは新古雅俗の差はあるが、孰れも又矢張り生殖が本で、而して生産繁殖を高調する様に成つたと云った。そこで自分の考では七夕処に始めて原始的ながら家族の基礎が定まる事々示したものであると看て、雛祭以外に更に意味の頗る深重なるものがあるとし、別してそれは雛祭の様に、調度装飾万端が公卿殿上人の真似をした貴族的のものでなく、却つて頗る田園的であり平民的である所に重きを置きたいと申さう。将又祇園祭の方は、これ又根本に遡つて分析解剖し行くと全く原始的宗教の今尚は存するもので、外観は如何にも美麗を極めて居るが、内面の中核はと尋ねると、只是れ吾儕祖先が固より啻に食色の二欲の満足のみを以て充分なりとはせず、其処には又病気特に疫癘といふ人生々命の一大勁敵に面して、如何に恐怖し狼狽しその赦免に意を用ひたかゞ分かる。無常の風といふも亦此の疾病を概括的に形容した辞である。而して浄土門以外、否以前の諸の古い宗教なり似而非宗教では、此に其の成立の要点を据ゑたとも謂へる。