因に七福神の事を一言しやう。抑々七福神なるものゝ出来たのは、前にも一寸云つた様に、室町時代以後の事と想はれるが、その組立は必ずしも初めから一定はしてるなかつたらしい。

或は吉祥天・弁財天・多聞天・大黒天・布袋和尚・福禄寿・恵美須としたものもあれば、或は又弁財天・毘沙門天・大黒天・恵美須・福禄寿・布袋和尚・猩々としたのさへもある。今日普通のは恵美須・大黒・毘沙門・弁財天・福禄寿・寿老人並に布袋和尚とする様だ。それは神道仏道々教三教協合一致の態であるが、就中福禄寿と寿老人とは共に星の名で、実は同一物だといふ説もある。それはそれとして、此等七福神が如何なる福利を表現してゐるかは、一々反復せずとも明瞭であらうが、故内田銀蔵博士も、曾て何かの機会に之れを経済史の上から論じた事がある様に記憶する。いづれ不日その遺稿の論文集が上梓されるから、その中に収めてあらう。自分も亦曾て大阪商工会の席上に於て、一論を試み、恵美須は商業並に海運、大黒は農業、弁財天は学芸並に工業、毘沙門天は軍人を代表するもので、士農工商の四民兼備して居る上に、福禄寿は主として福禄、寿老人は長寿、布袋和尚は子孫繁栄を表現してゐると陳べたこともある。その筆記は新町人道の樹立といふ題で、拙著「教育界の現状打破」(大正六年同文館)の中に収録して置いた。

併し右陳べた様な事は、彼我共に尋常一般の説で、目新しいところがない。それを今茲に一歩進めて性の崇拝の上から考察すると、始めて真に福の福たる事が分かつて来やう。凡そ世俗の呼んで福と為すものは、大抵性欲を基底としないものはない。それは福禄寿といふもの、皆是れ元気旺盛にして老衰せす、生産繁殖共に愈々拡大して永く持続するのを言ふに外ならないからである。そこで自分は本論に於て陳べた様に、夷大黒をば陰陽両根元象徴と看たのであるが、尚ほ弁天は素是れ女神であると共に、それはと関係厚く、は頗る邪婬で、而してそれは又数々男根の象徴とせられれてゐることも考へなければならない。此の事は本書の巻尾にあるの宗紋の一篇を参看すると分かる。毘沙門天はその宝塔を手に載せてゐるところに、フアリシスムの面影は髣髴としてゐることも喋々を待つまい。否更に一歩を進めては、福禄寿の長頭を立てたるも亦何となく男根に似たところがあり、布袋和尚の袋は固より睾丸八畳敷の面影さへあるからをかしからう。寿老人はその杖に性的象徴のあることは、同じく本書巻尾の如意考を併せ看て貰ひたい。鹿も亦婬獣であると見えて、古来鹿の生血など将に珍重されて居る。

松本博士の研究に拠ると、大黒天と毘沙門天とは、終に異名同体の様でもあるが、それについて思ひ出されるのは、三面大黒天の事である。これは素忿怒相の三面六臂とは自ら別で、全然日本出現の和合相で、それは中央を大黒天とし、左右に弁財天と毘沙門天と、三面相連つてゐるものである。或は大聖歓喜天の男女抱擁の姿を偲ばせるところもある。造化三神即一の妙愚を示したとも謂へやうか。自分の這の夷大黒論は、実は先年佐賀県武雄の温泉に遊んだ時、偶々路傍に二神密に相並んだ石像を観て、何だかそれが和合神でもある様なところに、少からざるヒントを得たことを附言する。