三(尚ほ之れと関連して阿波の国そのものとは別に、)

尚ほ之れと関連して阿波の国そのものとは別に、大宜都比売神と云ふのを生み玉うてゐるをも注意を要する。此の大宜都比売神は大変な神様で、後に速須佐之男命に殺された。それは此の神に食物の供給を仰いだ時に、鼻口並に尻から種々の味ある物を取り出して、色々と調理して進献せんとするのを、覗いて汚穢なりとして、怒つて殺したのであるが、その殺されたる神の身体から種々のものが発生したと云ふので、頭からは蠶、両量からは稲種、二耳からは粟、鼻からは小豆、陰には麦、尻には大豆が生えた。それを神産巣日命が取つて種とされたと云ふ のだが、これは農祖神と謂ふべく、蠶は暫く措き、植物繁成神話として頗る面白い。朝鮮の方にも亦全くそれと同じ様な古伝があると聞いた。そはともあれ、此の神の場合は高産巣日命ならで、神産巣日命が関係せられて居るのも、軽々看過し難からう。大宜都を同じ場所に大宜津とも大気津とも又大気都とも書いたのは、昔の相通だがをかしい。何はともあれ宜都とは食●の事に違はない。阿波は粟で、而してそれが大宜都比売と呼ばれるも、自ら由来はある様だ。東国の安房さヘその元は一つだと云はれて居る。

尚ほ農神とも謂ふベきものには、又別に豊宇気毘売神であらう。この神は前の大宜都比売神と同じく、女神であることに注意を要する。蓋し古昔何処でゝも繁殖は生殖と一致して、女のする事と看られてゐたことは明瞭であらう。この女神の親神は和久産巣日神と謂つて、弥都波売能売神の妹で、共に伊邪那美命が火神を産みて病臥の際に、その尿中から成り上つた神である。但し這の妹と弟とは恐らく配偶であつたらう。同じ時に屎の中からは、波邇夜須思古と波邇夜須毘売の陰陽二神が生れてゐる。波邇夜須は言ふ迄もなく埴安で、土壤施肥の事を示して余りあらう。弥都波売能売には早く罔象女の漢字が当てられてゐる。和久は猶ほ稚のごときものと考ヘる。これ又固よりその肥料たる効果を賛嘆したに違はない。