参(以上陳べたる所より推して考へると、大母神の信仰)

以上陳べたる所より推して考へると、大母神の信仰は色々異名を帯びては居るが、畢竟自然界の生殖力を人格化したものに過ぎず。之れと連桔して愛人或は愛人の一列があり、年々婚媾して生々化育して行くが、そればかりでなく、実際人間の男女をたとヘ一時的たりとは云へ、相契合せしめて、以て地上の繁殖を増さうとして居ることが分かる。勿論それはまだ婚姻の制度が確立しない前からの風で、女神自ら配偶を定めず貞操を守らず、却つて他の崇拝者をして之れを模倣せしめやうとしたらしく、それで斯かる娼行も強制せられるので、雑婚時代の遺風と謂はなければならぬ。即も婦女共有があつて、まだ永続的配偶の事がなかつた為である。やがて各個人銘々結婚して、その夫たり妻たるものを確定する様になると、斯んな古風は自ら止み、道徳上からも頗る不快として嫌厭せらるゝ様に成り、其処に僅に頭髪の献供などが之れに代つて継続したのである。然かも尚少数の婦人は、公共の福祉の為に依然神殿に奉仕し、終身或は一定の期間娼婦たることを余儀なくされた様である。従つてそれは固ょり毫も軽侮せられないばかりでなく、却つて常人以上の篤行者として驚異の眼を以て見られ、大に崇敬せられた様だが、而かも竊に憐憫の情も催さないとは云ヘぬ。随分馬鹿気た事である。

因に右のパフオスに於ける宗教的娼婦の習俗は、最初国王シニラスの創肇した所で、その女子自ら之れを実行したが、彼等はアドニスの姉妹で、アフロダイトの譴怒を招き、外国人と婚媾して埃及で命を終へたのだと云はれて居る。此のアフロダイ卜の譴怒の伝説は、後年に附加したものらしいが、何はともあれ、貴賤共に娼行を敢てした事は、之れで知れやう。それにつけてシニラッドの王族にして、而かも僧族たる口碑的史譚は、太だ教訓に富んで居る。それは斯うである、昔シリア人のサンダクスといふ者が、シリシアに移り行いて、其処でヒリアの国王メガツサレスの女子フアルナースと婚し、セレンデリス市を建設した。その子にシニラスがあり、人民を卒ゐて海を踰え、サイプラスに渡り、島王ビグマリオンの女メタルムと婚し、パフオス市を立てた。此等の伝説はシリシア並にサイプラスでは王位は女系に由つて襲はれてゐたもので、世嗣の王女と他の男、それは時としては外人と婚して之れを持続したことをも示して居る。一説にはシニラスはパフオスの創立者でなく、それは遙に以前にエリアスの肇めたもので.これは一面は国王であり、一面は自ら神の様でもある。又シニラスにはタミラスの子孫の一族が争敵であつたとも云はれて居る。