此の西阿弗利加の聖女に似て、西方亜細亜にも色々聖女のある事は、実際前掲の宗教的娼婦の習俗と密に相関連して居る。バビロンでは一人の婦女が規則立ってベル即ちマルダツクの大床に寝ることになって居る。而してその婦女は神自らバビロンの全体の婦女中より選択したものだと云はれて居る。それはヘロドタスの記事に拠ると、印度や西阿弗利加の神妻とは異なり、貞淑であつたらしい。併しハムラビーの法典から推して考ヘると、どうもさうではなく、矢張り人間と婚媾して母と成ることは不思議でない。又バビロンでは、日神シヤマシも人間を妻として子を挙ぐることは、右のマルダツクと同じ様である。それをカヂシツと謂ふが、ケデシヤと同辞で、共に神用に供充する婦人の義であり、伯希来語では直に神穀娼婦に解して居る。法律では此等の婦女に対して不敬を敢てする者は、厳罰に処すると成って居る。併しそれで以て彼等が品行方正の証拠にはならぬ。埃及でも一人の女がテベスのアンモンの神穀で寝て、神が其処に来ると信じられて居る。即ちそれは神配で、昔は一般に埃及の皇后と崇められたらしい。尤もストラボの時代には、此等の神妃神妾たる者は、貴族の美しき少女で、春機発動期迄その職に居た様で、而してそれは誰でも気に入った男とは勝手に娼行をした。それが春機発動すると、結婚するので、その時は彼女は死んだも同然だと云って、大に悲哀し、喪礼を行うた様である。
西阿弗利加には聖女と並んで、聖男があった様に、西亜細亜にも亦聖男があって、ケデスヒムと呼んで居た。それは一時は永久に神の憑依する所となって神の名を以て動作し、その言辞は神の託宣と看られてゐた。その一例はコウカサスのアルバニアン族中に於ける月神廟にある。否伯希来族中の予言者も亦その類であらう。而してそれよりも先きに、ビブラスのアドニスの 聖市には予言者が沢山居た。此等神聖人は素より欺瞞者ではないとすると、寧ろ狂人染みて居 た様で、シリア人は之れをメジヌンと呼んだ。ジンヌ即ち体魂に憑れて居る者の義である。そ れは往々垢付きたる麁服を纏ひ、或は裸体のもある。身分は相応に高い者もあるが、神に醉う て仕舞った態である。それは尋常一般の托鉢僧などとは●(しんにょうに向)に異つて居やう。
然り而して婦女の子なき者は子を得んが為に、此等神聖人の抱擁に身を委ねた例は多々ある。而して又シリアでは死したる聖者さへも石婦に子を授ける力があると信ぜられて居た。例ヘば北バレスタインにソロモンの浴場と謂って、熱気が逆つて地上に湧き出て居る所がある。其処のア・ブラバーといふ所は、子のない妻の四方より集るので有名である。それは熱気を全身に 洛び、而して後神穀の聖者の尋訪を受けて、姙む様に成ると信じられて居た。就中聖ジョージと謂って最も名高い、回々教の婦女までも参詣する北シリアのカラテルホソンの神廟は、最も広く知られて居る。併し其の実情が知れると、回々教徒はその妻を此処に送ることは、遉に禁 じられたらしい。否心ある土民も此の廟と婦人の事を言はれると、その肩を縮めて恐れ入る者 も少くないさうな。