拾(否此の神聖なる木とか石とかの信仰は、昔時セミチック族)

否此の神聖なる木とか石とかの信仰は、昔時セミチック族中には一般に存して居たと云へる。予言者ゼレミアがイスラエル人に云った言辞の中には、豪然証左がある。即ちカナヽイトの神廟では、すベて神木と神石とを崇拝して居た様で、其処には例の聖男聖女が盛に放縦なる諸儀式を行うて居たのである。畢竟迷信深きイスラエル人は此等の神木神石を父と視母と視て、而 して其処に男女縦に相交って出来た子は、又神の分身とし所生と視たらしい。男は神木の人格化で、木の枝々を打ち払ったものであり、女は神石の人格化したもので、円錐や尖塔や柱など の形をして居た様だ。此の結論は古代のカナヽイ卜都邑なるゲゼールに於て、近頃発掘して遣跡の調査に由って裏書された。場所はジユルサレムと海浜との中間のエフレイムの南端にある 孤立の高地で、其処を英人が発掘したのである。其処に古神殿の遣墟があるが、神聖なる石柱或は尖塔(マッセボース)の一列かあり、その二個の間に又一個の綺麗に四角に刻んだ大きな窪んだ石がある。これは神聖の木或は竿(アセラ)が挿んであったものであらう。殿堂の床の上に集積した土中には、無数の陽物がある。それは皆軟弱なる石灰石を粗く刻んで拵ヘたものに過ぎない。而して地層中にはテラコッタ(赤土焼)の絵額があり、地母神の像を薄く浮彫にしてあるのを見た。これは陰陽両神に捧げた絵馬の類と想はれる。尚ほ殿堂の床下には生後一週間以内位の新児の骨が埋められてある。それは別に何等毀損の痕のないのを見ると、大方再生を望んで、神殿近く置いたものであらう。その魂が神木や神石に移りて、やがて母胎に入ると考ヘたことは、中央濠西大利の風俗と毫も変りはないらしい。而して又それは近時のシリア婦人が神聖人を神の権化と崇めるのとも異なる所はないと考へる。咋のアドニスは今の聖ジョージであらう。(訳者案ずるに吾が国精霊祭の附草依木の信仰亦これに近い様だ。)