伊太利アシジの貴族の愛嬢クララは、その恋慕せる聖者の一言に深く感激して、自らその轍を履んで聖者的生活を送るべく、フランシスの授戒に由つて出家して尼と成つた。今吾が西田氏にも亦その側に尼さんが一人侍つで、何かと最も親切に世話して上げて居られる、それを西田氏は常に法喜と呼んで居ます。併しこれはフランシスの場合に於けるクララとは少々違ひます。それが戸籍上でも早く妻と成つて居るかどうかは知りませんが、自分等との世間的の交際では明に西田氏の妻子として之れを視、氏亦固より許して居られます。西田氏の婦人観はその「懺 悔の生活」の二百二十九頁以下に、稍々古い卓上演説が載せられて居るのを読むと分る。即ち同氏は一般に婦人の同情は、男子のそれよりも優しみがあつて嬉しい。自分は只今五種の女房がある。その一は良く同情して呉れる婦人。その二は一層明に吾が行く道を了解して、相伴うて歩まうとする婦人。その三はそれが更に進んだもので、これは法喜であり、身に取つて太だ力強い。但し肉体の関係はまだない。その四は之れも同じ法喜であるが、而かも周囲の弁識の為に、早く己に妻の形を取つたもので、固より肉の関係がある。而して最後は戸籍上の女房で 暫く別と看て居るらしい。そこで第三と第四の両法喜中執が更に妙かと云ふ問題になつて来るが、聖フランシスのクララは、言ふまでもなく第三種である。而して西田氏自身には、該演説当時はともあれ、今は現に第四種の法喜がある。之れに就いて西田氏の説では、この第四種の法喜の方は、人間味の満足される文け、又其処に折角の法喜に対して、不純のものが湧き起ることがある。併しよし不純なものが湧いたとても、既に新生涯に入つた有難さには、それは決して前の不純とは比較に成らず、根本は純な上に居ますから、どれ程不順でも、極めて障りは少いものであると断言して居られる。
この西田氏書中の一節は非常に面白い。西田氏の恋愛進化並に宗教進化に於ける位置を極めるに頗る必要なる多考条目である。若しこれ丈けで判ずるならば、西田氏はもはや聖フランシス以上に出て居るもので、却々桃水和尚などの企て及ぶ所でなく、寧ろ親鸞聖人に酷似して居り、ともかく早く恋愛宗教両進化共に、第二段を脱して第三段に入り掛けてゐると謂へやう。これは西田氏の価値を愈々上ゆるもので、決して落す訳のものではない。然かもそのまだ何となく聖者臭いのは、終に梅原氏の一拶を免れざる所以であらう。西田氏が天華香洞と一燈園と宣光社と三つの事業を分ち、一人にして或は乞子詰たり、或は天香たり、或は市太郎である所は、一種の三位一体と謂はゞ謂へもするが、矢張りまだ聖者臭を脱しない所がある。而してそれは古今内外の諸教を抜萃し、別して禅宗と真宗とを接ぎ合せやうとする所から来た弊で、行跡は至極平民的だが、まだ何となく其処には一種の貴族的古宗教の嫌味が漂ふてゐはすまいか。