自分は先きに或る所で、西田氏の文化的位置とでも謂ふべき評論を試みたことがある。その時自分は斯う云つた、凡そ文化には三つの看方がある。普遍主義と文化生活と文化運動とである。西田氏の天華香洞は普遍主義の体現であり、一燈園は一種の文化運動である。而して又宣光社は文化生活の資金を得やうとするのだ。三者相兼ねて居ると云つた。又別に文化は進歩である。進歩は自然の征服と社会組織の改造と同情心の拡張より成るとすれば、宣光社は自然の征服で、銅山開掘の一大計画などもある様だし、一燈園は社会組織改造の端緒であり、天華香洞はやがて同情心の最大拡張を表現したものとも見られやう。此処にも三者具足してゐる様だと云つた。如何にも結構な事で、西田氏の唯一個の聖者たり世拾人たらざることは、これでも一層明暸であるが、まだ何となく聖者振つて強ひて人間味を掩蔽しやうとする所がありはしないか?
此に於て起る問題は、当代の一流行児たる賀川豊彦氏の方はとうかと云ふ事に成る。西田氏はアレで何と謂つても仏教徒たることは免れない、賀川氏は純然たる基督教徒である。而して其処に早く一大相違があるから面白い。賀川氏は只基督教のみに依つて、復他の西田氏の様に諸教抜萃、半は禅宗半は真宗といふ鵺的のところがない。賀川氏は健筆家で、既に大小幾多の著述があり、研究もあれば創作もある。併し今茲に本題の下に賀川氏の恋愛観宗教観を見て行かうと云ふには、その最も有名な「死線を越えて」一冊を手にするが便である。而して此処にも亦西田、賀川両氏の一大相違がある。西田氏の「懺侮の生活」は唯是れ一個の感想録や談話や何や彼やの雑纂に過ぎないが、然から巻頭例の光明祈願五則などを、麗々と掲げた所に、聖者振る所があり、何となく開山とか宗祖とか謂はれたい様な臭味がある。これは聖フランシスや桃水和尚に触れた所もあらうが、更に進んで言明すると、維摩居士気取りの癖が、まだ脱けないからでもあらう。そこになると賀川氏のは大違ひで、唯是れ一冊の小説体の物語である。稍々年長のものには誰にでも、何等の不快の感なく愛読される価値がある。
世人はこの一冊の物語を以て、賀川氏半生の自叙伝に准へて見んとするものが多い。然りこの書物は前後二部に分けらるべきもので、前の三分の二は所謂死線を超える迄の主人公新見榮一の家庭に於ける葛藤の描写であり、後の三分の一はそれが既に死線を越えて後新生涯に入つての献身的活動振りを詳述したものである。而して前半の如何は知らず、後半が賀川氏目下の畢生的事業たる、神戸市新川貧民窟裡の生活改良その侭であることは一目暸然である。即ち自分は性急なる読者には、少くもその第三十二節以下を一読せんことをお勧めしたい。