六(想ふに賀川民が貧民の友として献身的に働いて居)

想ふに賀川民が貧民の友として献身的に働いて居られる所は、それはバイブルに於て身読した耶蘇基督の心持を、如実に体現したものであらう。然かも固より決して聖フランシスなどを透して見たのでも何でもない。否賀川氏には聖者振る所などは微塵もないらしい。若し賀川氏に貧民窟の臭気が移つて居ることはあるとしても、聖者振る嫌味は毫もなく、徹頭徹尾貧民の友たるに止つて居るのは有難い。聞くが如くんば氏は貧民の友たると同時に、又労働者の友である。然かもその労働者の友たることは、労働者中には早く慊焉たらざるものもあるさうな。それは元来同氏が基督教師であつて、他の過激的たるところがない為であらう。無抵抗主義で所謂直接行動を欲せざるところにあらう。此の事は別事に属するから、此処には暫く措いて何も言はない。只賀川氏のは如何にも近世的であり、現代的色彩が顕著であつて、真にデモクラシーの体現せられて居る所に、その特徴はあると断言する。西田氏は之れに較べると、失敬ながら中世的であり、否近世的としても、尚はその初期であることは争はれまい。東洋風の人は固より西田氏の方が好むであらう。然かもそれは大体に於て生々とした新味を持つて居ない様にも見える。

労働者の事は暫く言はず、貧民の友としては、賀川氏の事業は、早く其処に判然と一大区割があつて、頗る集約的に遣つて居られるが、一方西田氏の方は、一燈園と謂つても、まだ規模は太だ小な様で、その托鉢は只彼処此処に散漫的に行はれて居り、京阪神の処々に多少の常に定つた店先があるに過ぎない。これは例の禅宗一流の乞丐行脚から出て居る当然の結果であるが、執が可執が否かは別間題として、賀川氏の力は全然愛他的であるに対して、西田氏の方は尚は善根功徳を積むてふ、実は主我的な所はありはしないだらうか。双方共に奉仕の立派な業 たるに違はないが、近世的社会的たる所は賀川氏の方に多い様だ、況して一燈園に集る人々には、その精神状態が全然賀川氏の下に働くものと相似ざることにも注意を要する。

賀川氏の婦人に対する看方や考へ方も、略ぼ此の一冊の物語で分かる。賀川氏には今現に妻がある、それは同志であり同信仰であり助手であり協力者であるらしい。然かも単に妻と謂つて法喜の何のと変挺な名前を附けない所に、一段と滷抜けしたところがあるではなからうか。而して此の一冊子が果して如実に著作の半生の生涯を写したものだとすれば、賀川氏の恋愛観は一層俗に堕する所に、却つて有難味があるとも云へやう。

余白が乏しいので暁烏氏に及ぶ暇がない。梅原氏はその真宗観を以て、凡人的文化を唱道するものゝ様に自ら弁じて居る。それも評論は省略する。知らず賀川氏の遣り方は既に聖者的な らすとせば、これ亦凡人的文化たるを得べきか如何。自分をして言わすと、それは太だ可なりではあるが、万人一般に普通の凡人的文化としては、尚ほ或は別にあるかも知れないと思ふ。文中列挙の諸氏に対して妄言を謝す。