一(死人と活人と謂ふのは、暫く標題を簡短に)

死人と活人と謂ふのは、暫く標題を簡短にせん為で正さしくは活きた人間といふ風の題にし たい。さりとて又それは唯読んで字の通り、死亡者と生存者と云ふことでもなければ、故人と今人と云ふことでもない。実際世間には二つの眼は明に開いて居り、一つの息は常に通ふてゐながら、死人同然の者が随分沢山あり。それは穀潰しであるに拘らず、吾も人も只管長寿長命と祝してゐる。而してその秘訣はと云はゞ、所謂無念無想、無為にして世を過ごすので、さすれば無病息災延命は疑なしと悟り顔に教へるものゝ、今も尚ほ蕩々として此処彼処に蔓って居るのは片腹痛い。特に我が仏教界には斯んな弊風が多く、三世因果の何のと、例のあきらめ主義で消極的に流れるので、今日此の百度振興の昌代に遭遇しながら、折角の奮発努力も水泡に属し、その実教勢は日に月に頽唐し行く事、残念でもあり気の毒でもある。平安無事は誠に喜ばしい事ではあるが、然かもそれでは多く游情偸安となって、激励し蹶起することは望まれまい。自分は夙に吾が京都市が、その古名を平安城と呼ばれたと云ふ所に、早く一朝衰微の兆はあつた様に思はれて、寧ろ暗涙にむせんだことを公言する。平安と平和とは相肖て自ら異なる所あることは、注意しなければならない点で、平安は静止的たるに対して、平和は進歩的であり、平安は伝統的であると共に、平和は創造的であることを高調したい。知らず仏教の標的たる涅槃寂静は平和か平安か。信仰最後の落処たる極楽浄土は、静的か動的か。自分は這の仏都たる京都が、名詮自称平安城である所から、人境相待って愈々益々退嬰保守の弊風を増長したことを深く悲みて已まないものである。

然り自分自身は吾が祖先伝来の家風に依り、又幼時慈愛親切の薫陶に由って、衷心仏教の隆賛には多大の同情を有すれはこそ、又爾来久しく斯道の復興に微力を尽すことを惜しまなかったのである。併しそれは固より決して徒に形貌の修飾をのみ事としたのではない。形貌の修飾は他の俗才子も尚ほこれを能くするであらう。現に夫の日曜学校の如きも、猿猴沐冠の譏あることは、曾て中外新報に見えてゐた外人評ばかりでない。自分は更に深く根本的に一大革新を施さんとした者で、言はゞ従来の仏教が余りに古代的否寧ろ中世的であり、その学問は、べーコンの所謂三大悪性たる空想的であり、争弁的であり、微妙的であつて、頻に経論の文字に拘泥し執着することをば、時代錯誤と看て、其処に新科学の尊重と共に、プラグマチックの気風を発揚せんと企てたのである。それはやがてデモクラシーの鼓吹と成り、又民衆文化運動の宣伝と成るので、斯くして始めて世界の大勢に伴随し、永く活宗教たる事が出来やうと考へた。