それにしても一体全体今日の仏教大家など云はれる例の人々は、どんな事を説いて居て得々たるのかと、その実際が知りたく偶々座右にあった新着の雑誌「中央仏教」(大正十一年十一月)を繙いて講話欄を一瞥したが却々面白い。一々姓名を列挙するのは少々お気の毒であるが、教界では既に最知名の先覚の様だから、遠慮に及ぶまい。中島観●(玉編に秀)と署名したものに、「死門に面せる経験」と云ふのがある。それは本人が曾て肺炎に罹つた時、既に危篤に迫つた場合には、却て余り苦痛を感じなかった様だが、その後色々と治療の手当を施され、厳重に警戒を守らなければならない苦痛には大に閉口した。此に由って観ると、老苦病苦死苦もさる事ながら、現在に生きて行くといふ生苦も随分苦痛であると云ふ風に書いてある。仔細に剖検せずとも、其の頭脳の程度は構知するに難くあるまい。而して又生死には、分段生死と変易生死との二種があるとて、むづかしさうな説明を長々と遣り、終に分段生死は菩薩以下凡夫の生死で、変易生死は独り大菩薩に限るのだなどと断定して居るが、一宗相伝の学説はいざ知らず、門外漢とて近世眼を以て読下せば、分段生死とは一切生物刹那々々の新陳替謝作用に過ぎず、変易生死亡は即ち普通所謂死亡と出生とである様に解せられ、別段贅弁冗語は入らなからうと考へる。それはそれとして分段生死の間は、世間一般には固より未だ死んだなどとは云ふまいが、併し実際世間には、其処に早く死人同然の者が多々あり、而してそれが只醉生夢死の小人と呼ばるゝ徒輩のみならず、却て●(救の下に心)に悟り顔する側に多少あることを注意したい。
これは只漫に放言し去るのではない、同雑誌掲載の秋野孝道といふ禅家老匠の「達磨禅の本領」と題する一篇を看ると好く分からう。これは失敬ながら前者に比して遙に大出来な様で、筋も通って居り、文章も明晰である。その要旨は、達磨禅の本領は囚縁所感のものは一切皆悉く無自性にして、而して又無我なりと云ふ事に外ならないと云ふを冒頭として、色々坐禅の用心などか説いたものである。その中に達磨大師入滅前、諸弟子を招いて稗々所解を呈せしめられた際に、道副、尼総持、道育並に慧可の四人の言つた所を次第に説述し、皮肉骨髄それぞぞれ尊ふべく敢て軽重せざれと判じたのは、稍や新見らしくもあるが、矢張り禅宗の道説では。二祖の無言を最上と視る傾のある事は争へまい。而して自分は又常に、それは例の沈黙は黄金なりの西洋古諺と相肖たもので、別に珍らしくはないとし、彼此共に今のプラグマチツク流の生命観には遠いとする。尚ほ篇末に曹山と一僧との問答が引いてあるが、それは世界何物が最貴しとするとの問に対へて、死猫児頭最尊しとす、人の価値を付くる無きが故にと云つたのは、是れ即ち無価の珍だと有難さうに書いてある。詭弁も甚しい哉で、文化主義論者などの眉に唾すべきは此の辺にもあるのである。