右中島秋野両老のものは「中央仏教」の講話欄にあるが、又同じく話の庫といふ雑纂の中に、「哲学者の振った遣言」といふ面白さうな一項があるので、読下すと、それは先頃長野市善光寺諸坊の一なる玄證坊の住職平林哲海とて、哲学館出身で、相応に素養もあり、名望高く信用厚く、何一つ不自由のない者が、前夕家族一同を集めて、人間は何時死ぬとか知れないと、一場の説教を試み、翌朝未明に奥座敷で縊死を遂げたのであるが、その傍にあつた遣言が頗る振つて居ると云って、それを掲載してある。曰はく、
沈香も焚かず、屁も放らず、畢竟益する無きまで、罪なくば則ち未だ不可なし。猪口才を頼んで、世位に飽き、大便をしくに至つては、其悪臭も沈香馥郁も、遂に思ふべきなり。大罪は自ら許し難し。今月今日自ら進んで己に死刑を宣告す。偽りの世に死ぬるばかりは誠なりけり、囚て後は●韆遊びかな。
何たる馬鹿気た事ぞ。同じものでも夫の藤村操の巌頭感の如きは、人を感動せしめる所もある様だが、これではお話にならぬ。天台でも浄土でもさては禅宗でも、何れの宗旨でも、よもや斯んな馬鹿気た事を賛嘆するものはなからうが、然かも生半熟の似而非仏教者には往々斯んな傾向のある事は、往年中外紙上に自分が「真宗の危機」と題して、生命欲軽視の教弊を叱責して置いたことを回想すれば、思半に過ぎやう。
否よし死んで仕舞はない迄もが、仏教その外道教などにも、兎角名の著はるゝとことを忌んで、世を遁れ、身を隠すを以て好しとする弊風がある。売名は固より面白くないが、併し近頃は何事も広告の世の中であり、宣伝大流行と来てはそんな事ばかり言つてゐては、時所不相応で、通用すまい。否広告宣伝は暫く措くとしても、苟くも動けば自ら響はある筈で、名も亦聞えるに極つて居る。名の聞えない様にと云へば、先づ以て動かざるに如かず、人間既に動かない様になれば、殆ど死んだと同然で、今日我が国でもあの人は近頃一向音沙汰もない様たが、死んだのか知らぬなど云ふ噂は往々耳にする。夫の板垣退介の如きも、晩年には稍々それに近かつた様だが、貴族院などには類例が多くある。例へば何礼之と云ふ老先生の如きは、実は我が国 英学の先達で、維新前夙に長崎で済美館の学頭であり、やがて開成所教授となり、後元老院議官に迄も昇進した人で、明治初年モンテスキューの「万法精理」の翻訳があり、例の三権鼎立論の流行に貢献したことは頗る大だが、年齢のせいもあらうけれども、久しく杳として聞えな いのは、活きて居ても死んだのと違はなからう。近頃は帝国大学でも定年制の何のと謂って、老朽淘汰の議が喧しく、既に五六の依頼免官者もあるが、それにしても昔から活きて居るのか死んで居るのか何等聞く所のないのがあるのは不思議なことである。